脳死について
投稿者: 山本 文孝 投稿日時: 2009/07/01 0:53:56
「脳死を人の死とする」いう表現は欺瞞である。
「死は死である」というトートロジーと変わらない。
そもそも脳機能の不全を脳死と呼ぶべきではない。
このような表現が許されるなら、肺の機能を失った
人は肺死になる。また、手の機能を失ったら手死に
なる。
要するに生体から臓器を取り出すわけにいかないので、
あたかも死体から臓器を取り出すような表現にしている
のである。
いわゆる脳死の人から臓器を取り出すときには麻酔を
かけている。そうしないと人は生体反応で暴れるから
である。
臓器移植法のE案は少しましになっている。
「臓器移植のときに限り脳死を人の死とする」となって
いるからである。いいかえれば臓器移植をしない
脳機能の不全者は生きていると見なされるのである。
心肺機能がしっかりして血液が循環し体温を保っている
人が生きているのは当たり前である。
E案をさらに次のように改案したい。
「臓器移植のときに限って脳機能不全者の殺人を認める。」

2009/7/1 水曜日 at 9:52 AM
私が言ってきたことと同じで正にその通りでございます。
脳死の人を殺して臓器を奪い他の人を延命させる行為を合法化する法律です。
他人を犠牲にして自分だけ生きようとする悪魔に魂を売った行為です。
そこまでして生きたい人もいれば自殺する人もいるカオスの人間世界ですね。
2009/7/1 水曜日 at 9:58 AM
中国の政治家が長生きするのは、死刑囚から取り出した生きのいい臓器を移植できるからだと読んだことがある。
それでなくても、発展途上国に金で臓器を買いに行く人間は多い。
しかし、自分も臓器移植でしか助からないのならば、金に糸目はつけないだろう。何せ人生は一回しかないからな。
2009/7/1 水曜日 at 10:22 AM
投稿者の論理はちょっと未熟だと思います。
なぜなら、心臓死も死ではないことになるからです。
要するに生命の枢要がどこの臓器にあるかが問題で、脳死論者はそれを大脳だとし、心臓死論者はそれを心臓だとするのです。
2009/7/1 水曜日 at 10:44 AM
脳死移植に反対だというなら、
当然日本人が他国へ行っての移植も全て禁止すべき。
そういう法律も同時に作るというなら筋が通っているが。
2009/7/1 水曜日 at 11:11 AM
作ってもいいと思うよ。
金もちや募金運動できる家族だけが助かるのはおかしいだろ
2009/7/1 水曜日 at 12:01 PM
しかし、現実には脳死移植に反対する勢力も、慎重論勢力も
日本人が他国で移植を受けることを禁止する案は提出してない
他所の国の人間は脳死でもOKってことかね?
2009/7/1 水曜日 at 12:08 PM
日本人ていつでもそうだろ。
外国で航空機が墜落しても、ニュースは日本人はいませんでしたってね。
やっぱり日本人には鎖国が似合うんだよ。
脳死移植も鎖国すれば、
WHOガイドラインにならう義理はない。
2009/7/1 水曜日 at 1:14 PM
>投稿者の論理はちょっと未熟だと思います。
>なぜなら、心臓死も死ではないことになるからです。
論理には大前提がある。
我々の社会では、法的な死は医者が心臓の停止と瞳孔の拡大を確認した
ときである。
これからは、死亡日時が二種類になるので法律の整備が必要になるはず
である。
2009/7/1 水曜日 at 1:28 PM
>脳死移植に反対だというなら、
>当然日本人が他国へ行っての移植も全て禁止すべき。
最初に禁止すべきは、河野太郎氏が父親のドナーになったような
生体移植である。
日本の生体移植数は世界最高である。これがあるから、いわゆる
脳死の移植が少ないのである。
欧米の医者はヒポクラテスの誓いがあるので健康な体にメスを入れることを
避ける。
2009/7/1 水曜日 at 2:18 PM
死の判定は医師がやると法律で決まっていますが、死の基準が心臓死だとは法律で決まっておらず、医学の問題です。したがって医学的知見や技術が進歩して大脳の死を死の判定に使っても法律違反ではありません。同じ錯覚を警察も今までよくしていました、共産党系の脳死反対論者の告発を受けて。
しかし、私はA案には反対です。本人が希望しないのに家族が勝手に死体をきり刻んでよいわけはなかろう。A案は臓器移植推進法であって、そのような手前勝手な法律に死の基準をきめさせるわけにいきません。
2009/7/1 水曜日 at 4:13 PM
<<脳死の人から臓器を取り出すときには麻酔を かけている。そうしないと人は生体反応で暴れるからである。
勉強不足で、通過したA案には肯定的な考えを持っていましたが、驚いています
やはり、この問題はもっと時間をかけた審議が必要だと思います。
2009/7/1 水曜日 at 11:00 PM
「脳死」と「脳機能不全」とは明らかに違う。
「不全」というのは、完全でないということ。つまり、100%ではないという意味。
「死」ということは、0%。つまり見込みナシという意味。
だから「不全」の人を殺せば、当然、殺人。
しかし、「死んでいる人」は、もうこれ以上殺せない。
2009/7/1 水曜日 at 11:04 PM
手 と 脳 とを同じレベルで論ずるのはいかがなものか ?
手に問題があっても、脳に問題がなければ、投票ができる。
しかし、手に問題がなくても、脳に問題があれば、投票ができない。
2009/7/2 木曜日 at 5:33 AM
もしも自分に二人の子供がいたとして
一人は脳死状態
一人は移植をしないと生きていけない体
どうするだろう・・・
兄弟の体の中で脳死の子の臓器は生き続ける
愛するもうひとりの子供は命を取り留める
でも・・・
脳死になったとしても
心臓の動く温かい愛する子の体から臓器を取り出すなんてできるだろうか・・・
本当に難しい問題ですね
2009/7/2 木曜日 at 5:56 PM
>しかし、「死んでいる人」は、もうこれ以上殺せない。
その通り、だから死んでいる人を解剖することができます。
ところで、脳死状態の人を解剖できると思いますか。
2009/7/3 金曜日 at 1:32 AM
>手 と 脳 とを同じレベルで論ずるのはいかがなものか ?
人間機械論ですね。脳がCPUで手がI/O装置だというわけですか。
一度、福井伸一氏の著書を読んで見てください。とりあえず、
「生物と無生物のあいだ」などが面白いです。
2009/7/14 火曜日 at 3:21 AM
肺死、手死、は極端ですよね?友達が脳死状態になった時でもそう言える事を願います。
2009/8/15 土曜日 at 5:46 AM
脳死患者はお盆をどう過ごしているのでしょうか
かれらは本当にしんでいるのですか?