強制労働: 株式会社麻生が元戦争捕虜と面会へ
投稿者: 投稿日時: 2009/06/16 23:50:26
麻生総理の弟さんが社長を務める株式会社麻生が元戦争捕虜と面会したようである。
要件は、戦時中の強制労働に対する謝罪と補償の要求である。
日本のマスコミは、鳩山大臣の辞任やら鳩山由紀夫の献金とかで忙しいようだから
自分で動画つくりました。
面会した後、結果がどうなったか日本のマスコミには是非報道してもらいたいと思う。
強制労働: 株式会社麻生が元戦争捕虜と面会へ
http://www.youtube.com/watch?v=UDU9g886N4g

2009/6/17 水曜日 at 10:21 AM
昭和26(1951)年9月8日 サンフランシスコで署名された「サンフランシスコ平和条約」の第五章 請求権及び財産には次のように書かれています。
第十四条【賠償、在外財産】
(b)この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する。
—
この条約には「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権・・を放棄する」と明記されています。
元戦争捕虜が求めている謝罪と補償の要求は「サンフランシスコ平和条約」に「別段の定」があるのでしょうか?
もしかすると、朝鮮人にそそのかされてやっているだけではないでしょうか?
2009/6/17 水曜日 at 12:10 PM
>もしかすると、朝鮮人にそそのかされてやっているだけではないでしょうか?
ハハ、強請りたかりの従軍慰安婦捏造実績からすれば、そう思いたくもなるよね。
やってるのは豪州人らしいが、よく調べればオチがあるんじゃなかろか(笑)
2009/6/18 木曜日 at 9:17 AM
飛行士リンドバーグの報告によれば
連合国で最も残酷だったのは豪州兵
日本軍の捕虜は
わざと逃がされて
ハンティングの標的にされた
飛行機に乗せられて
突き落とし遊びの道具にされた
当時、日本人は黄色いサル
彼らの感覚では
人間のうちには入っていなかった
だから、罪悪感も無い
2009/6/18 木曜日 at 6:31 PM
Re: 強制労働: 株式会社麻生が元戦争捕虜と面会へ
投稿者: 投稿日時: 2009/06/18 17:31:07
本年4月10日前後に西村真悟衆議院議員のブログを拝見した中で、会田雄次氏著のアーローン収容所について記述がありました。下記に引用します。最近私自身が欧米人と論争する機会があった時にこの引用を英文にして相手方に送りました。戦争は双方が悲惨な思いをすることは事実で、麻生セメントに駆けつけたオーストラリアの方々は気の毒ですが、私の遠縁も長崎で原爆の犠牲になったからといって、原爆を落としたパイロットに保証しろと駆けつけた覚えはありません。欧米人の尻馬にのってこのようなビデオを作製流布することは、日本人として悲しいことです。
下記の英文をオーストラリアのプレスや人々へ送ってやったらどうでしょうか?
引用:
橋本龍太郎総理大臣は、天皇陛下のイギリスご訪問にあたり、
イギリスの大衆紙サンに「謝罪文」を寄稿した。日本が第二次世界
大戦中に、イギリス兵捕虜を虐待したと謝罪したのである。
しかし、イギリスやオーストラリアは、戦後執拗な戦犯裁判と称する
復讐劇を繰り返して多くの日本兵を処刑して復讐を終えている。
私は、予算委員会で、橋本総理に対して、ビルマでイギリス軍の
捕虜になった京都大学教授の会田雄次氏の「アーロン収容所」を
読んだかと尋ねた。読んだという答えだった。
しかし、「アーロン収容所」を読んだのなら、イギリスに謝罪文は
書けないはずだった。また、読んだのに謝罪文を書いたのなら、
これは日本兵に対する自分の利害のことだけにしか関心がない
血も涙もない裏切りであった。
私は、総理に会田雄次氏が伝えてくれた次の事例を紹介した。
イギリス軍は、豚の飼育場の横に日本兵捕虜を収容した。豚の餌
の方が、日本兵に支給される食事よりも格段良かった。日本軍将校が、
イギリス側に、「せめて豚の餌の程度の食料をくれ」と当然の要求をした。
これに対してイギリス側は、平然と「我々は人道的である。従って、
豚の餌を人間に与えるわけにはいかない」と答えた。
また、イギリス軍は、満潮時には水面下になる川の中州に日本兵を
収容した。そして、川の蟹などの生き物は生で食べると赤痢に
かかるので食べないようにとの表札を立てた。そして、食料を与えな
かった。一日数時間も水没する中州で火は焚けなかった。飢えた
日本兵は仕方なく生で蟹を食べた。そして、次々と赤痢にかかり
衰弱して死んでいった。
それを岸から双眼鏡で眺めていたイギリス軍は、全員が死に
絶えてから、「日本兵は衛生観念に乏しく、我々の注意を無視して
生で蟹を食べて赤痢にかかり全員死亡した。まことに遺憾である」と
発表した。
この話を委員会で伝えているとき、彼ら物言わぬ兵士の無念さに
声が詰まった。
As for British army officers who were controlling POW Japanese
soldiers at concentration camp on the bunk of island surrounded
by the river somewhere Arlon (spell unsure) concentration camp,
Yuji Aida, Kyoto Univ. professor wrote his book (publisher Iwanami)
on WWII about this camp. Next to the camp, swine-feed lot
was encaged. Japanese soldiers by seeing that the animals
were fed, at least they implored to ask for the same feed who
were starving to death and water. British Army responded bluntly,
“We respect for human dignity, thus we dare not to disrespect
the Japanese Imperial Army to insult by providing the foods
given to the pigs.” POW had no choice but drinking water
around the pond-river where was full of shigellosis virus.
The captive Japanese soldiers fell victim of the virus one after
another, all of them bleeded to die.
Looking at this scene by binocular from the bank of the river,
British army reported that it was deplorable to have seen
all of the Japanese soldiers died despite warning by the British
army not to eat the raw crabs in the river, who lacked sense of
sanitation..