臓器移植の問題点
投稿者: 霜山龍志 投稿日時: 2009/05/08 16:59:55
唐突な入りですが、抗がん剤は細胞分裂を阻害するので、細胞分裂のさかんな臓器にダメージがきます。たとえば、リンパ球や毛髪です。
したがって、リンパ球減少や脱毛がよく見られる副作用です。そこで、後者の副作用をもつ患者さんのために健康人の毛髪をあげるボランティア活動があるそうです。
森鴎外の「安寿と厨子王」で安寿が長髪を切って売る場面が出てきますが、この場合は売るのではなくてあげるのですが、その本質、他人や弟を助けるため、は同じことでしょう。健康人では髪は一ヶ月で1cmほど伸びますから、これはとてもいいアイデアです。
これに近いものに献血があります。血液も成分によって違いますが2週間から3か月で回復するからです。
それらに比べると生体腎臓移植や部分肝移植はリスクの大きいボランティアです。なぜなら手術に伴う危険があり、腎臓は再生しませんし、肝臓の再生もある程度時間がかかるからです。後者では出血が重要なリスクになるでしょう。それに大体術後痛いです。
骨髄提供はこれに比べると体の負担が少ないですが、それでも100%安全というわけではありません。
しかし、死後の移植と比べると、倫理性において高いように思います。なぜかというと生体移植というのは、強者から弱者への提供ですが、脳死移植というのはより弱者から弱者への移植だからです。脳死を死と認識するには抵抗があるでしょう。
なぜなら心臓も動いているし、体も暖かいからです。ですから、移植医療がなければ脳死を死と認定する必要性はなく、ひたすら心臓死を待てばいいのです。
ここに、脳死移植の隘路があると思われます。脳死判定の客観性が本当に保たれるのか?脳死体から米国のようにあらゆる臓器をとりさって、他人のために使うことが本当に倫理にかなうのか?
疑問はつきないのです。それゆえ、わが国では臓器移植法が施行されて10年、脳死移植はわずか100件にすぎません。
しかしながら一方、脳死移植で元気になり、水泳やマラソンができるようになった患者さんの存在を見るとこれを否定することもできないと思います。
ただ、病気腎臓移植のような形の代替案も考えるべきではないか?病気の腎臓の正常部分をもらうと病気になるという説もあるのですが、それ自体実証されていない理論的可能性であり、命と病気とどちらが優先するでしょうか。
いずれにせよ、臓器移植の携わる医者には一般の医者以上の倫理性が求められると思います。その点宇和島徳洲会病院の万波先生は、その言動から判断する限り立派だと思います。
