大野病院事件判決再訪(シモヤマ)
投稿者: 投稿日時: 2009/04/24 5:16:43
ちょっと古いが、島県立大野病院で帝王切開の最中に癒着胎盤からの出血多量で妊婦が死亡した事件の第一審判決があった。
判決では、胎盤剥離による出血の予見可能性は認めたが、胎盤を剥離することが通常の治療だったとして、医師の注意義務違反を認定せず、過失の存在を否定した。
また異状死の届出義務についても、治療中の患者が治療中の病気で死亡した場合は異状死にあたらないとして医師法違反を退けた。
きわめて妥当な判決で、時々刻々変化する患者の病態に対する医師の基本的な裁量権を認容し、また異状死の届出義務についても確固たる判断基準を示した点で有意義であった。福島地裁の裁判官が専門的な事項について2年あまりでこうした妥当な結論にいたったことに敬意を表したい。
さて、本事件では医師の逮捕直後から100に及ぶ医療団体が抗議声明をだし、また医療関係者のネット上の掲示板に警察や遺族を非難する度をこした書き込みもなされ、一方では産科医が裁判を恐れて医療現場から撤退するなど、その被害者は患者本人にとどまらず、執刀した医師、遺族そして医療受益者としての国民全体にも及ぶというものであった。
したがって、この判決によって論点が整理され、医療界の混乱に歯止めがかかればこれにすぐることはない。なぜなら、萎縮医療こそ患者の福祉を害するものだからだ。
本件で患者の遺族が刑事処罰を望んだのは、産科医療の特殊性、つまり妊婦は健康人であり、妊娠は病気ではないという認識が強いから、出産で命を落とすということへの落胆驚愕が遺族の側に強かったというという点と、緊急性のある手術だったために、患者関係者へのインフォームドコンセントを充分にとれなかったという点が指摘できる。
しかし、本判決であまり触れられていない論点がひとつ残っている。つまり、胎盤の剥離で出血することが予見されたのなら、輸血を用意することによって救命も可能であったかもしれないということである。
ところが、現行の輸血ガイドラインは輸血量の抑制をかかげて、赤血球、血小板双方の予防的な輸血や輸血準備をいましめている。また献血センターの供給体制も平均して注文から1時間は要するような現状である。
したがって、本件では、帝王切開を決定した段階で輸血注文をだすか、多量の院内在庫をもっていなければ救命できなかったであろう。となると、ガイドラインとは異なった対応が必要になる。特に緊急大量出血におけるO型Rh(-)血使用については、現在新たなガイドラインが輸血学会で審議されている。
昨今、診断基準、診療ガイドライン、事故防止のための手順整備など、医療の標準化が進んでいる。それ自体誤りではないが、それらが到達点であるとはいいがたい。
医療とはあくまで個々の患者になされる診療行為であるから、ガイドラインにしばられて、患者の命を失うことがあってはならない。したがって、輸血量制限一辺倒の輸血ガイドラインは改善が必要であろう。
その意味でも本判決が教科書にかかれている、癒着胎盤では子宮を摘出するという文言だけでなく、その実証例がないことでその規範性を否定したことは意味があったと思う。
患者も不幸だったが、臨床医が通常の治療行為で警察に逮捕され、起訴休職になって2年半もの間臨床をはなれなければならなかったことは本人はもとより医療界にとっても不幸なことだった。厚生労働省は医療事故審査会構想を進めているが、これについても異論は多い。
私は刑事免責民事有責の原則で正確な医療事故報告制度を確立し、妥当性のある事故防止対策を講ずることが、わが国の医療が国民に貢献する道であると信ずるものである。
そしてなによりも、物質的な治療行為(検査、投薬、手術など)に偏っている保険制度を改革して、患者と医師のコミュニケーションに医療報酬を払うような新たな制度の確立が必要であると考える。
医療事故が原因究明よりも責任追及に終わるのは、医師と患者の間に充分なコミュニケーションがなかった場合に多いからである。その点も航空機事故調査などの例を参考にして改善すべきではなかろうか。

2009/4/25 土曜日 at 9:49 AM
遺族が地元の有力者で警察関係者。
病院も見舞金なんて出すからこうなっただけでは?
2009/4/25 土曜日 at 1:24 PM
そうかできレースか。
世の中すべてできレースだな。
正直者が馬鹿を見るが日本の国是か?
2009/4/26 日曜日 at 10:34 AM
>患者と医師のコミュニケーションに医療報酬を払うような新たな制度の確立が必要であると考える。
金の問題じゃなく、矜持の問題です。