献血運動の問題点(霜山)

投稿者: 投稿日時: 2009/04/22 9:31:25

我が国の献血運動は1964年の閣議決定によって、国および地方公共団体が献血者のリクルートを、日赤が受け入れ(採血)を行う体制が確立され、2003年の新血液法の制定によって、売血が公式に禁止されるともに、日赤の独占性も表面的には却下された。

だが、その実態は変わらず、新たな問題が生じてきている。それは少子高齢化に伴う、いわば献血の「年金問題」である。

つまり、同年代で輸血用血液を賄うことができず、輸血量の70%を占める老年者の輸血は、次世代の献血によって賄われているという点である。だが、これには当然限界がある。少子化がこのまま進行すれば早晩破綻するであろう。

一方、売血を禁止したが、これは時代錯誤ではないだろうか?献血の医学的優位性は、献血血液の検査ができない時代にはあったが、今日のように供血者の健康診断や輸血用血液のスクリーニングが核酸増幅検査を採用するまで進歩した時代には、献血者の意図は血液の安全性と無関係である。

すなわち、売血を禁止する医学的理由はもはやなくなった。単なる倫理観の問題となったのである。それはいわば、ドナーに報酬を払う臓器移植が許させるかという問題と軌を一にしている。その現実を関係者は直視すべきであろう。

実は献血は売血よりずっとコストがかかる。なぜなら献血者には世界でもまれな検査サービス(肝機能からなる生化学的検査と血算検査)が行われているが、後者には半分政府の補助金が出ている。

これを報酬と考えると健康保険ベースでは一人2000円ほどの価値になる。それから、献血運動には膨大な宣伝費が必要だが、売血制度は一度確立すれば宣伝費は必要でない。

仮に売血を採用するとした場合、問題は、現代の日本のような繁栄した国で(もっともネットカフェ難民などを考慮すると、そうも言い切れないが)、売血の持つ負のイメージをおしてまで売血してくれる人が年間延べ500万人もいるかということである。

だが、売血者は定期供血者となる傾向があるので、実人数は100万人で足りる。また売血を原則としながら報酬辞退を認めればイメージの悪化は帳消しにできよう。

楽観的な意見によれば、献血が破綻する前に人工血液やリコンビナントアルブミンが実用化されて、献血の必要性は激減するという。だが本当にそうだろうか?少なくとも人工血液には近い将来実用化する見通しはない。

結論から言えば、私は献血を維持すべきだと考える。臓器移植と異なり献血の負担は受忍できるものだからである。

もっとも、採血に伴って約1%の確立でVVR(血管迷走神経反応)などの副作用が不可避であり、国の責任で無過失責任制度を確立すべきであろう。

だとすれば現行の献血を維持するために何が必要かを考えるべきであろう。基本的な問題は薬事法と日本赤十字社である。いずれも献血に適しているとはいいがたい。

前者はロットを構成する薬品に適した法律であって、ロットを構成しない(ひとつひとつ成分が違う)血液に適用すると多くの無駄を生じるのである。

また後者は50年間の伝統とノウハウがあるが、その自助努力が足りないため、経済的効率化、合理化が少しも進んでいない。献血の受け入れを新たな組織に移行させる時期がきていると思われる。


これまでのコメント

  1. 匿名 :

    エホバの証人、血液製剤、肝硬変、エイズ、色々あるね。

  2. 通りすがり :

    私達が献血した血液が、日赤に行き、いかほど上乗せ金が付いて、
    病院に売られ、その血液を輸血した病人はその分、いかほどの金を取られるのか。
    もちろん100%の金額としてですが。

    その辺の流れが皆目分からない。無料で採血をし、その後日赤や病院が
    血液を媒体して儲けているような疑惑を感じるのです。

    輸血したことがありませんから、輸血代ってどのくらいの金額なのか
    知っている人、教えてください。

  3. 匿名 :

    400mLの赤血球1本で大体1万円ですね、
    血小板だと10単位で75000円くらいかな。

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