犯罪の陰に女あり [その1]

投稿者: ジャーナリスト 投稿日時: 2009/04/16 16:12:53

愛知県豊橋市には、市役所職員、市議会議員、校長会の校長や教頭の間で時折ヒソヒソと語られる憂鬱な話題がある。

話題は平成4年にさかのぼる。
市役所近くの札木町というところに、和風スナック「ちよ」というところがあった。

ここは、スナックといっても一風変わった雰囲気をかもし出しており、一般人がふとはいってみたいという感じの店ではなかった。

この店の存在価値はその、ちょっと入る気がしないというところにあった。
それは、お役人や教育関係などの人間が密談をするのに都合がよかったからだ。

話題発祥の中心中心人物は、この店に雇われていたママの藤田ちよ子という人物。
この女と親密な関係にあった男が三人。

1人は当時豊橋警察署巡査部長の○○○○、2人目は豊橋市元校長会長の●●●●、3人目は名古屋地方検察庁豊橋支部の元副検事、□□□。

○○は警察と水商売の仲と言えば大方の人が察するとおり、個人的な関係もあったかも知れない。
元校長会長の●●は不幸な藤田姉妹の力になると言って近づき、親密になった。
□□は検事と水商売の女との仲でこれも大方の人が察するとおり。

普通では流行らないこのスナックは、普通ではない方法で客を集めていたとみられる。
それが特別な客の集まるところとなり、また特別な力も持つようになった。

「和風」とあるように、このスナックは入るとすぐ右にカウンターそこを通り抜けると和室がある。スナックにしては珍しい作りだが、これが密会には都合がよい。

一般の客が訪れたときは、入り口のカウンターで止めておけばよい。
カウンターが門番の役目をしているのだ。

ある人が偵察よろしく、カウンターに座っていたら、後ほどゾロゾロと後ろを通って奧の和室へ向かう人たちがいた。ちらと目をやると、市内の校長連中だった。

さて、事件の発端であるママの藤田ちよ子であるが、警察、副検事、元校長会長の少なくとも3人は後ろ盾がいるので強い。

よせばいいのに、時折、客に向かって「警察のことならどうにでもなる」と自慢そうに話していた。
警察がダメなら検事がいるとまでは言わなかったが、十分その意識はあったようだ。

藤田には多くの姉妹がいたが、連絡のつく姉妹は3人ほどであった。
姉が2人いて、そのうちの1人とは同居していた。

藤田の悩みは同居の藤田ふさが骨粗鬆症で、腰を痛めているのに医者も行かせられないということであった。

経済的にはかなり困窮していて、健康保険証もない。
自身が飼い犬に噛まれたときも、自由診療で多額の治療費をとられて参っていたらしい。

姉のふさは生活保護を受けていたが、支給金はちよ子が管理をして、食事はよくなかったのでふさの健康もすぐれない。骨には牛乳がよいと考え、ふさに牛乳を買いに行かせるというのが日課になっていた。

そんな状況の中、ふさはいつものように近くのスーパーに牛乳を買いに行った。
そして、帰りの交差点で渡り切ったところで尻餅をついて転んだ。

そこに通りかかった近くの市立高師台中学校教諭、岩本は交差点を通り過ぎようとしたところでふさが転んだのを見て、車から降りふさを交差店外へ連れ出した。

ふさは立てないと言うので、岩本は救急車を呼んだ。
岩本が立ち去ろうとすると、誰かが「警察はいいかん」と言ったので、岩本は豊橋警察署に連絡した。

そこへやってきたのが、例の○○○○巡査部長だった。
○○は岩本にいいとも悪いとも言わず、連絡先の電話番号のメモを岩本に渡して立ち去った。

岩本はとりあえず校長に連絡し、その後すぐに日本教職員組合の自動車共済へ連絡した。岩本の勤めていた市立高師台中学校の校長は地宗一郎という人物だった。

地宗校長は、教員の身分で何かと騒がれるとめんどうだから、藤田ふさの運ばれた病院へ見舞いに行くようにと岩本に言った。岩本は校長の指示に従った。

2週間ほど過ぎた。
警察からも何も連絡がないので、岩本は○○巡査部長からもらったメモを見て電話をしてみた。

すると、○○が出ていきなり「交差点で人を跳ねちゃいかんじゃないか」と言われた。岩本が、そんなことはしていないと言うと、○○は強い口調で「そんなことを言ってみろ、えらいことになるぞ」と言われたそうである。

岩本は驚いて、豊橋警察署に行くと応対した○○はいきなり説得にかかった。
岩本には事情を話す間もろくに与えず、跳ねたことを認めろという一方的な説得だった。

しかし、1時間半ほどやりとりが続くと、○○は無理があると思ったのか、○○の方から「いや、あれは跳ねたやない」と言い出した。

車に触れば埃がとれるが、埃もとれていないし、だいたい藤田ふさが怪我と言って入院した診断書を見ると怪我の位置と車の高さも一致しないということを○○が説明した。

岩本は帰宅すると、事故でもなんでもないということで、日教組の自動車共済に連絡した。担当者は伊藤和紀という人物で、それなら共済金も出ませんねということで終わった。

ところが、この事件はこれで終わらなかった。


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