皇室と言論界

投稿者: 霜山龍志 投稿日時: 2009/04/09 20:31:46

今日ほど皇室について自由に語れる時代はない。それはそれで民主主義や表現の自由にとってよいことだが、皇室にとってよいこととは限らない。

最近雅子妃殿下の病気に関し、皇太子ではなく、秋篠宮に皇統をつがせようというような論調が見られるが、皇室の親子関係、嫁姑問題は果たしてわれわれ一般の家庭と異質なのなのだろうか。

そもそも皇室や皇族、天皇家の行事などが御簾からでて、われわれの目前にあからさまになったときに、その存続は危うくなったといわざるをえない。

そういう意味では昭和天皇が側室を廃止してただ一人の皇后だけに愛情を注ぐことにしたときも同じことがいえた。万世一系というためには一人の配偶者では無理であろう。

かといって、男女平等という近代の価値観によって女帝を認めることは、結局天皇家というもののアイデンティティを失わせることになろう、雅子妃問題についていうなら、精神医学という曖昧な医学によっては完全なる答えはえられないであろう。

わがままともいえるし、気分屋ともいえるし、また適応障害、仮面うつ病、新型うつ病どれをとっても確かなものではない。

ただ、いえることは皇太子が雅子妃を一生お守りするといったそのロマンスによって、皇室の御簾がまた一つ開いてしまったのである。

妃殿下は殿下をお守りするものであって、普通の家庭のように夫が妻をあるいは家族を守るという考え方はなじまない。天皇陛下とその皇統をお守りすることが皇族のつとめにほかならないからだ。

あえて推測するなら、古い価値観と新しい価値観の対立が雅子妃を追い込んだのであろう。世継ぎをつくるまでは外国に行くななどというのは単に古い価値観であって、如上の皇室の原理に基づくものではない。

旅行をしたから妊娠できないとか流産するとかいうのであれば、皇室医務主管の医学常識たるや何であるかということになる。

今上天皇と皇后陛下はいわばよく出来た方であるから、そのレベルを子供たちの代に求めることは無理かもしれない。皇室の伝統を守りつつ自由度を持つことこそ皇室の生きる道であり、また雅子妃病気快癒への近道であろう。

そしてまた医学的にいうなら、病気あるいは人格に対する外部評価によって雅子妃の病態は影響を受けるのであり、週刊誌が競って雅子妃を記事のターゲットにすることは、皇室のためには百害あって一理なしといっておこう。

そっとしておけば、いずれ病気は霧が晴れるように治るとわたしは信じるものである。


これまでのコメント

  1. 匿名 :

    週刊誌に皇太子の離婚ないし廃太子の記事がそろって出るが本当なのですか?

  2. 匿名 :

    東京オリンピックの招致決定に皇太子様に行ってもらうのを宮内庁が邪魔しているらしいが、やめろよな。これは別に石原と知事の延命策はないんだよ。

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