三権分立の上に立つ二つの権力
投稿者: 名無しの権兵衛 投稿日時: 2009/04/01 10:50:18
三権分立は日本国の基本的仕組みですが、国会、行政、司法とまがりなりにも国民から直接的又は間接的に選択されて、国会議員、総理大臣、最高裁判所裁判官になっています。
しかしながら、団塊世代後さんの3月31日投稿と最近の話題を合わせて考える時、ある思いが頭の中を駆け巡るのでした。
国民の言う事を聞かない官僚と国民の世論を作るマスコミと言う二つの権力です。
公務員は、採用試験に通れば、失敗をわざとしても立証出来なければ、政治家の影に隠れてやりたい放題する事が最近明らかになって着ましたが、最近は、政治家に検討させている時の案を、官僚の思う通りの案に、平気で政治家に無断でまた元に戻したりもしているようです。
マスコミは、国民の批判を影で受ける事があっても、クレ-ムを受けても、誤報道をしても訂正報道すら自らする気もありません。
公務員もマスコミも性善説に立って、そんな事はしないよ、公務員はと言いつつ汚職や買春など平気でやれる世の中となって来たようですし、マスコミは、人を雇いやらせのサクラを置いてグルメ店紹介とか、これが官僚と業者の口利きの実態だなどと報道する訳です。
もう、性善説は成り立っていないのですが、ここ最近、出過ぎる杭は打たれないと言う名言が有りましたが、官僚とマスコミは、権力がありながら仲間内で作ったものの、チェックは受けても国民の直接的、間接的選択無しに権力を得ています。
佐伯氏の言う国民をリ-ドする、国民の為と正義や信念の発信は、理解出来なくも無いですが、官僚やマスコミと言う、国民の選択を受けない、この二つの権力に、せめて選挙の時に、不信任票位入れる事の出来る仕組み作りを入れないと、国民の為と偏向した考えを元に青年将校化したやからが、国民を先導して行く危険性を感じる訳です。
ここで大事なポイントは、国民の為に公平な奉仕をするべき官僚と、国民の為に公平な情報を提供すべきマスコミが、国民の為と言いいつつ、正義や信義と言いながら自分らが目指す偏向した考えを報道すれば、たちまち偏った世論を作れてしまう訳です。
三権分立の権力機構の監視は必要でも、弾圧で有ったりしてはいけないと思います。
ですが、国民の監視と選択か不信任によっての解雇や排除が必要な時期に来ていると感じています。
佐伯氏の政治家の理念が、民意を作り世の中を動かす、との意見は同意する意見ですが、笛吹けど踊らずの例えがありますが、その理念がマスコミによって正確に公平に届かなければなりませんし、国民から選ばれた政治家の意向を、自分の理念と違うからと言って、変えてしまったり、やらなかったりすれば、政治家が理念に基づく民意を作ったり実行したり出来ないと思います。
この二つの権力の改革、公務員改革とマスメディア改革は今後の国民の選択選挙において選挙の争点としたり、各政党の選挙公約に入れてもらいたい選挙公約です。

2009/4/1 水曜日 at 7:41 PM
民放はスポンサーの影響を大きく受ける。なにせお金がないと潰れてしまいますから。NHKは政府からの影響が大きい。国民が安心して政治を任すことができる政府であれば良いのですが、そうではない。
国民はまともな情報をどの様な方法で入手すればよいのでしょうか。あるとするなら書籍ぐらいでしょう。しかし、国民は書籍と対話する能力を失いかけています。たんなる情報収集のための読み方しか知らない。
官僚について言えば、社会的責任を担っているという事実認識の欠落、社会を利己的にしか認識していないために生じる根拠のない漫然としたエリート意識、大人になれない未成熟な人格の人が多いことに問題があるのでしょう。
国民は何を基準に異常さを察知しているのでしょうかその根拠は?倫理、道徳観からなのではないでしょうか。
倫理道徳はその時代じだいの民衆が醸成するもので、トップダウン的に権力者が勝手に決めるものではないはずです。昨今の国民の社会に対する不満は、人の上に立つ人が 平然と倫理道徳に反することを行う事に対するものなのではないでしょうか。
では、民主主義とは?どの様にしたら成立するのか。国民の考えおよび倫理道徳観がきちんと政治にフィードバックされる仕組みの有無に関係する。日本にはそのようなシステムは存在しない。と言うより、どの先進国もこのシステムをあえて取り除いている。擬似的民主主義しか存在しない。
選挙権について言うと、国民は本当に自分の意思で選んでるのでしょうか、それとも選ばされているのでしょうか?
思慮深き人は孤立し、思考することを怠る人は安易に群がり、人を欺き、欺かれる。これを正常化するには、教育しかないのでしょうが、あまりにも膨大な時間を要します。人類の善き行く末を模索する思慮深き人が繋がり協力しなければいけない時期にきていると私は思います。
最後に、国民は今のところ仰っている二つの権力に対抗する力は持ち合わせていないと思います。
2009/4/1 水曜日 at 8:35 PM
同感です。三権が凭れあい、制度疲労しています。明治以来百年の時が経っていて中央集権が、高度成長とともに巨大化し、権力が腐敗してきたのだと考えます。いつの間にか道徳という概念が御座なりにされ、出世するための学業であり、周りを蹴落としながら自己の完結を目標にしてきたこと。損得勘定が優先し、規範意識が薄れていること。明治の実業家である渋沢栄一の著書『論語』のなかにも当時同じように指摘しているのですから、百年河清を待っても、変わってないことになります。特権意識、市場原理主義の勝ち組と言われる人達が見えない権力の中枢に蔓延ることの恐さを感じます。最近のメディア報道から、権力の凭れあいの構図が一段と鮮明に見えてくるのです。