血液事業の現状と将来

投稿者: 霜山龍志 投稿日時: 2009/03/23 15:23:00

血 液 事 業 の 現 状 と 展 望
Present status and future perspectives of the blood program
日本赤十字社北海道支部
霜 山 龍 志
Japanese Red Cross Hokkaido Chapter
Ryushi Shimoyama

1.序論
わが国の血液事業は1952年頃から各地に血液銀行ができ、1956年には「採血および供血あっせん業取り締まり法」が制定された。そして、1964年の閣議決定によって、日本赤十字社が献血の受入を、国および地方公共団体が献血の推進をすることなった。

その後いわゆる薬害エイズ事件を契機として2003年には新たな枠組みである「安全な血液製剤の安定的供給等に関する法律」(以下新血液法と略す)が施行されて、初めて法律的裏づけがなされた。

しかし、本法も売血を明文で禁止したのはよいが、血漿分画製剤はもちろん輸血用血液製剤の安全性についても薬事法(1960年)に譲っており、その枠組みはやや中途半端なものに終わった。

現在の医学水準(供血者の健康診断や血液スクリーニングの進歩)においては、献血の売血に対する優位性は、血液の安全性の問題ではなく(献血者は売血者より感染症マーカーの陽性率がわずかに低いものの)、むしろリクルートの点に存すると思われる。

新血液法の表題を真に生かすためにはまだ解決しなければならない問題点は多い。そこで、私は10年前に故関口先生と共同で、臨床医の立場から本誌に同じ表題の論説を掲載したが(1)、その後の10年を念頭において血液事業の現状を分析し、将来展望を描くこととしたい。

赤十字内外の関係者にご意見をいただきたいと存ずる。
2.血液事業の目的と方法
2.1血液事業の目的

新血液法の名称がこの事業の目的を明瞭かつ簡潔に示している。安全な製剤の安定的供給、これにつきるであろう。

だが、倫理と効率つまり理念的な観点や経済的な観点も考慮にいれなければならない。今日のような時代にあっては、法律の文言をたてに不必要な処理(安全な血液の形式的理由による減損)を行って、国民医療費を費消するようなことは許されない。日本だけではなく世界に通じる原則と倫理が必要であろう。

以上の目的に奉仕するためには、故関口定美先生の掲げた3つのスローガンは適切である。1つはよりよい献血者ケアであり、次はより良い患者サービス、そして3つ目はそれを支えるプロフェッショナリズムである(2)。

2.2赤十字の役割

古くは1964年の閣議決定によって赤十字社は国家国民の負託を受けて血液事業を(少なくとも輸血用血液については独占的に)運営してきたのであり、新血液法になって誰でも参入できる建前になったからといって、赤十字に与えられた使命は少しも変わっていない。

また献血を受け入れる機関としてボランティア精神を根源とする赤十字をおいて他にふさわしい機関はないともいえる。

だが、世界的には赤十字は安全性対策の経費等の問題から次々と血液事業から撤退している。日本でも献血以外の部門を切り離す提案が赤十字社内部でなされたが、不思議なことに日の目を見なかった。

しかしその独占性ゆえ高い倫理と効率性を要求されており、また透明性とチェック機能が働かなければならない。

実際には新血液法に規定された国の責務を背景にして厚生労働省の赤十字社に対する要求は過度になった。

そのすべてを実現するためには相当な資金が必要である。諸外国と比べて人口当たりの輸血予算は足りない状態であることを認識する必要がある。たとえば、カナダは3000万人の人口で血液事業予算は800億円を超えている。

2.3 法的側面

ロットを構成しない輸血用血液製剤を薬事法の枠内でほかの医薬品と同じように運用することは、採血指図という医師の採血指示と紛らわしい観念や製造販売業への出荷や市場への出荷というような仮想的な事務処理に時間をさき、また供給在庫なる概念は血液製剤の流動性、可塑性を封じるものである。

したがって、薬事法の範囲内で行うにしても特定生物由来製品はロットを構成しないものとして例外的な取り扱いをするのが至当である。

また製造管理者など薬事法に定められているものは致し方ないが、そうでない採血統括者や採血責任者などのGMP組織については再考の余地がある。

なぜなら、採血管理者と医療法上の管理医師の責任の競合がおき、また血液センターの職制との競合がおき、その結果責任の所在があいまいになるからである。

一方採血は医業であり、医師法17条により医師の指示のもとにおこなわれなければならない。しかしながら、非常勤医師が多い現状ではこれは空洞化しており、真に医師研修を濃密化して医師が責任をとる体制をつくるべきである。

一方諸外国の例をみても全血採血に医師の立会いを必須としている先進国は少なく、近い将来において少なくとも全血採血の立会いをなくして、人件費を節約すべきであろう。

また、血液事業における検診医師以外の医師の役割についても再検討すべきである。残念なことに血液センターに勤務した若手医師の多くは辞任しており、これは血液事業が医師を名目的には尊重しても実際には無視していることの表れである。

ともあれ、ものを対象とする製薬業とは異なり、血液センターは人を相手にする業務であり、医師の見識と経験を生かすことが必要である。輸血医療のコンサルタント業務が適当と考えられるので、基礎医学者でなく、輸血の経験のある臨床医をリクルートすることが望ましい。

2.4       血液製剤安全総合対策

厚労省は血液製剤の安全のために多角的な総合対策を決定した。内容的には大変網羅的で結構だと思うが、重複が多いのと、重点がどこにあるか明確でない憾みがある。そこで、これについて若干コメントする。

1)の健康な献血者の確保については、いずれもポイントをつかんでおり、異論はない。特に血液事業白書は力作であり、敬意を表する。ただし、複数回献血者の確保については全国画一に行うよりむしろ各地域の創意工夫にまかすべきではなかろうか。

2)の検査目的の献血防止は大項目になるようなテーマではないと考える。というのは、そもそも検査目的の献血者がいるために献血者におけるHIVの頻度が高いという現状認識が科学的に誤りである。

献血者におけるHIV有病率(prevalence)の10万対1-2というのは、日本人における推定頻度1万対1に対して1桁低い(3)。

エイズ動向委員会に報告されているのは、prevalenceでなくincidenceであり、この数字と比較することの誤りを悟るべきである。HIVの輸血感染があまりにも頻度が低いため、どんな防止対策もその有用性を証明できない。

仮に検査目的者が多いとしても、それを防止すために本人確認をするというのも論理的矛盾である。偽名献血では検査結果を知ることができないからである。

したがって、無料匿名の検査体制は血液事業のためというより、公衆衛生上重要である。献血手帳のIT化も、後述するような別の目的を付与すべきではなかろうか。また検診医師の資質向上はその前提に医師の地位向上があってはじめて成り立つものである。

3)の検査体制の充実は日赤の8つの約束にゆだねられているが、ノンエンベロープウイルスについては不活化が十分でないところから、今後も検討が必要だろう。

4)の適正使用については若干異議がある。つまり医療とは個々の患者に対してなされるアートであり、個々の患者の輸血量を結局はしばることになるような病院種類別の適正使用量という概念そのものが近代医療の基本理念と相いれないと信じる。

輸血療法ガイドラインは2度の改定により適切なものとなっているが、全血輸血の除外については科学的エビデンスが欠けている点で再考が必要であろう。輸血管理料の新設はよいと思うが、前提条件が必ずしも適切でない。輸血療法委員会やマネージメント・ガイドラインは絵に描いた餅にならないような配慮が必要である。

5)は重要ではあるが、マグニチュードとしては従来ほどではない。というのはこの20年間で輸血後肝炎の発生率は20%から0.001%まで低下した(4)からである。

感染症マーカーはガイドラインに明記されたが、遡及調査は前向きのものに変えていくべきであり、そのためには輸血前検査の保険適用の条件の「必要があれば」という文言は意味をなさないので、もっと適切な文言にかえるべきであろう。

もちろん新興感染症のモニターは必要であるが、血液スクリーニングについても費用効果が重要であり、HEV(E型肝炎ウイルス)はそのテストケースとなろう。

3.血液事業の経営
3.1 経営の現状

日本赤十字社血液事業特別会計は2003年を境に赤字化しており、事業収益が1400億円に対し、単年度赤字は80億円(約6%)と危機水域に達している。

この原因を調べると、やはり安全性やGMP対策への費用計上があげられる。特に遡及調査、NAT、血小板白血球除去などの8つの約束にあたるものが多い。というのは、国の補助金は初年度半額ベースであり、結局赤十字が費用を支弁しなければならないからである。

本年1月の白血球除去赤血球製剤の薬価が予想を上まわったことは幸いではあるが、なお400mL供給率が70%を下回れば赤字要因となる。

こうした現状からは、経費削減はもとより人件費の切り詰めまたは安全性対策費用の整理が必要である。その意味では、出張旅費の実額支給という世間の常識を導入したのは遅きに失したというべきであろう。

赤十字は名誉総裁に皇后陛下をいただいているとしても、親方日の丸などではさらさらない。本来的には社員の寄付金や献血者の善意によって運営している機関である。

経営悪化に対する危機意識が経営者にも平社員にも欠けていることは嘆かわしいことである。さらに適切な人事考課さえなかったということは赤十字の前時代性を示すものである。

赤十字は全体として血液事業特別会計に補助する体制になっていないことから、経営の自立性が必要で、現行のようにすべての起案に総務局長の合議が必要では、みずからの自助努力によって事業を精査し合理化することはままならない。

こうした旧体制からの脱却が必要であろう。また、業務の集約に伴う人事面の統合のためには支部の柔軟な対応が要求される。

3.2業務の集約、効率化

一般的に銀行などを例にとるまでもなく、業務の集約はサービスの低下を犠牲にして経営効率をあげるものである。人員整理での節約が期待できないのであれば、業務集約はやむをえない選択肢だろう。

しかしながら、血液センターの前述の3つのモットーと違背するような政策は血液センターの存在意義を損ねるものであることに注意が必要である。

検査については機器更新の都合からまず20か所程度に集約し、さらにNATのシングル化をみながら、さらに10か所程度に集約するということになっている。結論は否定しないが、血液センターの果たしているレファレンスラボとしての機能を放擲することは適切でない。

したがって集約センター数については再検討が必要であり、このような集約でいくら経費が節約できるかの厳密なシミュレーションが必要である。

製剤の集約についてはより事情は深刻である。現在20か所程度に集約することを企図しているが、医療機関側には供給のタイミングに対する危惧がつねにあり、製剤の集約は必然的に供給拠点の減少にも関係する。

たとえば北海道は7.8万平方kmと広く、ここを2ヶ所に集約すると、輸送代がかえってかかる。また、沖縄県はまったく集約されておらず、また離島も多いにも変わらず、安定経営をしており、その実態に学ぶ必要があろう。ここでも、集約の経済効果の事前シミュレーションが必要であろう。

以上、集約をイデオロギーではなく目的に奉仕する手段として虚心坦懐に再考することが経営側に求められる。

統一システムでは、採血のリアルタイムのインプットの必然性がないこと、各部門間の連携がコンピュータ上で可能なのにかかわらず、伝票に頼っているなど欠点が露呈しており、改善が必要であろう。

3.3       意思決定過程

現在血液事業の基本方針は厚生労働省の血液事業部会の下の安全技術、需給、適正使用の3調査会にもとづいており、その頂点に運営委員会があるが、このメンバーは現在輸血学者2名、感染症学者1名、経済学者1名、患者代表(エイズ薬害事件被害者)2名という構成であるが、献血者の代表と輸血を受けて救命された患者をいれるべきではないだろうか。

また赤十字から1人も代表者がいないのは後述する業者ドグマに基づくが、これは不適当である。なぜなら赤十字内部には輸血に見識あるものが多く存在し、その意見を徴しないことは損失だからである。

一方赤十字社内には経営委員会や技術委員会があるが、屋上屋を架す形となっており、経営委員会は経済的問題を、技術委員会は医学的な問題を討議するように改組すべきであろう。

また、委員構成も基幹センターの役職者にこだわらず、広く有識の人材を登用すべきである。現行の経営委員会を最高議決機関として位置づけるのであれば、ネーミングをかえて、最高会議とでもすべきではないか。

また社長のもとに血液事業審議会があるが、この役割は明らかでなく、現状では一旦廃止すべきものと思料する。

赤十字内の意思伝達は一方向であり、双方向(reciprocal)な形に改善すべきである。また諸規則を閲覧できる社内LANを構築し、電子決裁システムを導入すべきではないだろうか。

3.4       いわゆる8つの約束
遡及調査に関わる命令書事件に端を発して、赤十字は厚生労働省に対して8つの約束をしたが、この経緯は不透明であり、短期間に議論もなく、厚労省側の意向を丸呑みした感が強い。

内容的にはそれなりに輸血の安全性に寄与する内容であるが、その方法費用等詳細については十分な討議をしなければ、アブハチ取らずになる虞がある。

まず第1点であるが、遡及調査ガイドラインは関係者の努力の結果理想的な形で完成した(5)。しかし、さらに厚労省はこれに上履きをはかせて国のガイドラインを作った。屋上屋を架すように見える。

それから、不必要な遡及の拡大解釈が見られる。問診事項のような客観的な事実とはいえないものを遡及の前提にすることは避けなければならない。英国滞在歴などがその典型的な例である。

第2のFFP(新鮮凍結血漿)の貯留保管についてはすでに行われている。しかしながら、この項目は次項の不活化と密接な関係があり、不活化ができた時点では貯留保管は不必要になる必然性を持っている。

第3の不活化そのものについては長期の副作用が明確でなく、現時点では研究活動はともかく、採用を論議する段階ではない。

第4のNAT(核酸増幅検査)の精度向上については、500プールから50プールをへて20プールとなったことで、完成されたものと考える。

第5の輸血感染症の全数調査はこれまでの研究班の調査結果から考えると1万件レベルでなければ成果が上がらないであろう。

第6のHEV(E型肝炎ウイルス)については、すでに北海道地区での調査結果がまとまっており(6)、後は費用効果と政策の問題である。

第7の白血球除去については、血小板を2004年10月に、赤血球を2007年1月に、血漿を2007年末までに行う予定であるが、血小板については薄く広く(以前は優れた採血機器により、残存白血球10の6乗ほどの製剤を、適応患者にはさらにベッドサイドでフィルター処理していたため、実際には10の4乗台が達成されていたが、現在はベッドサイドフィルターがまったく認められないため、すべての患者に10の5乗台となっている)なったため、真に白血球除去が必要な頻回輸血の妊娠経験者については十分な効果があがっていない。

また赤血球においては、米国輸血学会の権威たちが“Transfusion”に論説を掲載した(7)ように、その費用効果には問題があり、より精密に事前調査をすべきであった。

本人確認は確かにフランスでもおこなわれており、遡及調査には重要であろうが、遡及調査自体の将来的必要性をかんがみるときその必要性は薄い。

さらに前述のように偽名献血の防止はHIVの検査目的防止とは論理的に一致しないものであり、その具体的な効果も一過性であった(献血者におけるHIV陽性率は、本人確認開始後いったん低下したが、再び急激に再上昇した)。

3.5血漿分画事業

わが国では歴史的に血漿分画製剤の一部を赤十字が担い、すくなくとも第Ⅷ因子については主導的役割を演じてきたが、そもそもこの事業を赤十字が行う必然性はなく、商業主義が支配する場合は、公共的でない営利会社が行うのが本筋である。

したがって、現在の赤十字のノウハウを受けついだ新会社に分離するのが適当と考える。その場合現行の血漿売買代金が適正であるか評価する必要がある。原価計算のやり直しが相当である。

とはいっても人的理由から上記の分離は簡単にはできないので、経済原理を排除するために血漿分画製剤の販売をすべて赤十字に統合するか、逆に赤十字が非採算部門、つまり特殊抗体製剤、つまり抗Dや抗破傷風に特化するのも一方であろう。

そのさい、男性ボランティアへの免疫が必要となるから、オランダの例も参照にして血液センター(診療所の許可を得ている)でボランティアに免疫注射を行う道を開く必要があろう。

今後分画製剤に赤十字がさらにコミットしていくならば、分画センターを組織上血液事業部の外に置いている点は是正すべきであろう。

平成11年に定められた将来のアルブミン自給を視野にいれた年間150万Lの血漿確保(1000万人献血)目標(8)については、アルブミンの需要低下やリコンビナント製剤の可能性を考慮すると再検討する必要がある。

4 献血
4.1 献血の意義

いわゆる黄色い血の時代に、売血者が生活環境が悪い状況で売血したことの教訓からわが国ではWHOの指針をまつまでもなく、献血を1964年から採用し、1972年にはほぼ達成した。

また問題のあった預血制度も1982年に廃止し原料血漿の有償採血も1990年にはなくなった。このような現状では新血液法がことさらに売血禁止を打ち出したのは原料血漿を外国産のものと差異をつけるためと思われる。

その淵源は薬害エイズ事件(9)に発していると思料する。しかしながら、献血であることを原料血液の輸送伝票に意味なく印鑑をおさせることで形式的に認めようというのは姑息な方法である、今日の医学の水準からいうならば献血の優位性は崩れており、ドナーリクルートや献血者サービスなどを考慮すると売血より献血が安価とは言いきれなくなっている。

またわが国のような先進社会ではむしろ売血者のほうが問診、健康診断での管理が行き届き、安全な血液を供給しる可能性もあるであろう。

したがって近い将来において献血の必要性を担保するための理念的議論が必要であろう。しかしながら、現今の社会状況では売血者を年間500万人も確保することは至難であり、献血はリクルートの面から維持する必要がある。

献血は利他的な行為であり、権利でも義務でもないことをすべての献血者に啓発する必要がある。そうでないと、結局献血者へ何らかの代償を与えて血液を得るという形に堕してしまう虞がある。一方現在の経済状況では、献血車を全国津々浦々まで派遣することは費用効果の点から維持できない。

問診票は献血者、受血者双方の安全を守るための砦ではあるが、現在厚労省は大項目主義(14項目)を欧米のような小項目主義(42項目)に変更しようとしている。

しかし、わが国の国民性を考えるとそれは必ずしも成功しないであろう。

なぜなら、問診は献血者の協力のうえになりたつものであるが、ボランティア行為に長時間をかけるという伝統はわが国にはないからである。

また、問診票の記載事項について法律的な責任を問うがごときは、わが国の国民性から乖離するものであろう。

献血者には現在もインフォームドコンセントの用紙が配られているが、採血後の使われ方においての説明が十分でなく、検査合格でも廃棄される場合における献血者への説明がなされていない(10)。

個人情報の保護については行き過ぎのない適正な形が必要であり、現在のパスワードによる本人確認はハッカーによるパスワード窃取なしとはいいきれない危険性を孕んでいる。

4.2 400mL献血の推進

献血者数は年々減少しているが、400mL献血の増進により実際の献血量はあまり減少していない。全血採血に2種類の採血量を設定しているのは日本、タイ、韓国などアジア諸国にかぎられており、これは従来の体格格差によると思われる。

しかし同種感作の問題からより少ない献血者数が要求され、医療機関からの注文も400mLが80%を超えている現状では200mL献血を近い将来廃止すべきであろう。それは1バッグが3500円と高価になり、また検査も年々費用がかかる現状では効率化の側面を持つ。

小児用には分割を許せば問題ない。献血は権利ではなくまた義務でもないので、200mしか献血できない人たちは別のかたちでボランティア活動に携わっていただければよいと考える。献血はあくまで患者のためのもので献血者のためのものではないから、倫理的問題は生じないであろう

また、血小板献血年齢を64歳まで高めること、高校生男子の400mL献血を認めることなどが課題であろう。その前提としては、献血者の健康保護のため男子のHb(ヘモグロビン)基準を女子より高くしてCE(欧州協議会)並にする必要がある(11)。

4.3       献血者の健康管理

採血の副作用に対する取り組みはVVR(血管迷走神経反応)が十分に研究されているが(12)、残念ながらこれを完全に防止することはできない確率的現象である。

したがって、その対策と救済が重要であるが、今般の副作用救済制度は当初の無過失責任の国家補償の目的からはずれて、仕組みを屈曲させただけの結果となった。

しかも明らかに過失である内出血や神経損傷まで健康保険での受診をすすめるのは健康保険法違反の疑いがあり、早急な改正が必要である。

わが国の献血者への検査サービスは世界でも特異であり、諸外国からは有償とみなされることもある。感染症通知については現在HBV(B型肝炎ウイルス),HCV(C型肝炎ウイルス),HTLV-1(ヒトTリンパ球向性ウイルス1型),梅毒の4種類が行われており、その効果はHBVの感染予防とかHCVの初期治療などに表われている(13)。

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)については血液行政懇談会の指摘にもかかわらず、原則非通知の立場をとっている。

しかしこれは、検査感度がよくなり、ウインドウ感染の危険性が低くなったことから、早晩みなおすべきである。また無駄な献血を少なくして効率をはかることは血液事業にとっても重要である。

しかしながら、本人に意味のない通知で不安をあおったり家庭争議になったりすることがしばしばあるので、通知に関するインフォームドコンセントによって、知らない権利を保護しなければならない。

現在基幹センターにも医務課がないところがあるという状況で、責任をもって健康管理が出来る医師を採用ないし養成すべきである。

5.献血血液の検査
5.1 検査法の将来

ゼロリスクは理想ではあるが、かなえられない夢である。輸血に従事するものは、エイズ薬害事件での500人にのぼる尊い犠牲に対して内心忸怩たる念があるため、理想に流されやすい。

だが、医療は現実的に思考すべきであり、1件の感染を防止するためにかけられる費用にはおのずから限度があるであろう。大根を切るのにまさかりを使うような仕方は持続するものではない。

さて大量処理を必要とする献血血液の検査は従来わが国では凝集法による抗体測定が主流であったが、その感度の問題から今後は免疫学的光発色法などが必要であり、それへの移行が図られている。

一方NATは年間100件もの抗体陰性血をあぶりだし、その有効性は証明されているが、そのプール数については論議が必要である。個別NATに費用効果があるかどうかすでに結論は出ているのではないか。

もし個別NATを導入するなら、遡及調査は中止すべきだと考える。そのわけは、現行の遡及調査の実際的意味は保管検体の個別NATにつきているからである。

いわゆる遡及調査は2003年の命令書事件の混乱を経てフルスケールで行われてきたが、本来スモールスケールの調査から入るべきであった、その結果2万件にのぼる個別NATにもかかわらず現実に感染を証明できたのは20件ほどしかなく、その研究的成果は評価するものの(14)、患者に対する現実的有用性はマージナルなものであった。

そのわけはせっかく輸血療法ガイドラインで感染症のフォローアップを義務づけていながら、保険局に検査の保険適用を認めさせることのできなかった医薬品局の力不足の問題があった。今後は遡及よりも前向き(prospective)な調査をするべきで、そのほうが費用効果が高いことは明らかである。

5.2 検査施設の集約

序文で述べたように、PK7200などの検査機器も更新時期を迎えているところから、少ない箇所で検査をすれば、機器の費用が節約できる。

しかし検査には供給までの締め切り時間があるから、全体で5箇所で果たしてよいか問題である。と同時に従来のレファレンスラボとしての役割を放棄するわけにはいかない。

新たな役割としてクロスマッチなどの輸血検査サービスを行うべきだと考える。というのは中小病院で不慣れな検査をするより、血液センターの熟練した技師が行うことが患者の安全を守る道だからである。

そのさい、ガイドラインの当該施設での輸血検査を求める表現は改めるべきと考える。なお、輸血検査の不十分さを理由に中小病院の輸血医療を制限するのは、患者を無視した方策であろう。

実は輸血医療の最大のリスクは輸血現場における輸血ミスにあることは日本輸血学会の調査から明らかであり(15)、その原因はSOPの不備と検査体制であった。この点は今やかなり改善されているが、なお事務的ミスは皆無でない。この点も血液事業者が助力できる点であろう。

6.製剤とGMP
6.1 製剤の将来

血液製剤は放射線照射の白血球除去が主流になり、全血が必要なくなったことが指摘できる。赤血球、血漿、血小板の3種類に大別できるが、この先血小板製剤の有効期限延長の必要性があるか。

米国では2004年から細菌検査を前提に5日から7日に延長している。今後製剤が集約されれば、おのずから延長が必要になろう。だが、細菌検査についてはその費用時間効果を十分にシミュレートすべきであろう。

血小板の企画は現在5,10,15,20単位であるが、小児用等に分割を許すべきであろう。
血漿タンパク質が原因と思われる副作用を防止するため、血小板洗浄液の製造承認を速やかにとるべきだと考える。

FFPの需要減少によって血漿成分が余る時代が到来しようとしている。その有効利用を今から考えるべきである。赤血球アフェレーシスも解決策のひとつではあろう。

6.2 GMP

GMPはgood manufacturing practiceの略であり、その理念は正当なものである。しかし、わが国のGMPは医薬品の製造および品質管理の基準(2003年)として形式主義、記録主義に陥り形骸化しており、修正が必要である(16)。

とくに薬事法の文言にこだわって、不良なフィルター事件や医師免許未発行者の検診事件で安全な血液を廃棄する可能性が生じた。

また採血基準がみたされなかった献血血液を安全性と関係なく減損するがごときは医療の本質を軽視するものである。

したがって、輸血用血液製剤へのGMPの適用には十分な再構成が必要である。あわせて安全委員会も職制と重複混乱しているところであり、管理者名義の乱発をやめて新たな統一的な職制を積みあげることにより一体的な運営をすべきではなかろうか。

GMPのもうひとつの問題はSOP(標準作業手順書)である。確かに東海村の臨界事故はSOPを遵守すれば防ぎえたものであるが、横浜市立大学の患者取り違え事件はSOPの不備が原因ではなく、1人で2人の患者を同時に手術室に運ばなければならないという労務体制の問題であった。

また滋賀県センター事件もSOPではなく、社員教育一般の問題であった。したがって、SOPをつくることは重要だが、意味のある工程だけをつみ上げなければ、工程数の増加は過誤の確率を増加させる危険性を孕む。

それからSOPを絶対視せず、特に人間が相手である採血現場に適用するときには注意が必要である。更に、原因究明を十分おこなわず、インシデントレポートやSOPの改正だけで事故防止をしようというのは誤りであろう。

7.供給
7.1 供給の効率化

供給は東京都においては伝統的に献血供給事業団がおこなっており、また地方でも運送業者に委託しているところがある。本来は供給基地は製剤と同一場所であることが望ましいが、製剤の集約により供給もコールセンター的な形が考えられるが、北海道や離島のような広域供給の問題を考えると慎重にとり進めるべきであろう。

実際突然の大量出血の際に血液製剤が間に合わなくて患者が死亡するという例がないとはいえない。
もちろん県境をまたいだ供給は必要であり、個々のセンターの独立採算というより、全社的な経理が必要であろう。

7.2 MR活動
赤十字は輸血用血液の使用を促進するどころか、相対的無輸血を推進しているのであるから、MR(医薬担当者)には輸血用血液の営業活動は期待されず、市場競争となっている血液分画製剤の営業活動だけが期待されている。

しかしながら、輸血療法や副作用の知識の伝達者としてのMR本来の力量が問われる。今般学術課として改組され、また製薬業界のMR制度にも加入したところであるが、分画製剤を赤十字から切り離した暁にはMR制度の見直しが必要であろう。

8.研究開発と研修
8.1 研究の目的

研究はその時代に直ちに役立つものではないが、それだけに経営状態に応じてその立場は変動する(17)。輸血療法においては新たな製剤の開発には限界があり、むしろ副作用防止などの研究が主体となると考えられる。

輸血後GVHD(移植片対宿主病)の克服はその輝かしい成果であった(18)。現行の副作用のなかではTRALI(輸血関連急性肺傷害)のメカニズムの究明が急務である(19)。

したがって、研究所は一体的に運営すべきであろう。今後は後述するように移植医療、細胞再生治療にコミットすべきである。

なお、投稿論文、学会発表の事前検閲は、情報公開との関係からも有害無益であり、大げさに言えば拳法違反である。事後報告の形に戻すべきであろう。

8.2研修

企業を形作るものは人材であるから、3つのモットーの最後のプロフェッショナリズムは血液事業の根幹をなすものである。

GMP上の教育訓練(SOPの訓練)と血液事業全体の理念教育はおのずから別であり、GMPが全ての道はローマに通ずるような形で教育訓練全体を支配することは避けなければならない。

なぜかというと仕事というものは、それに対する経験知識をもったものが、確立された手順によって行うのが原則だが、危機管理能力はGMPには内在せず、仕事の理念目的を理解することによりSOPの意味を理解するところから始まるからである。

9.将来展望

白血球除去赤血球の薬価が、はじめて費用問題の特例が採用されて十分についたが、供給量の持続的減少を考慮すると、今後経営を上向きにする要素はない。

したがって、ある程度の人員減少と能率化はやむをえないのである。しかしながら、目的の3つのモットーをできるだけ守る方向が望ましい。

血液事業は献血に始まり、献血者なくしては成り立たないものである。したがって、献血者に献血血液がどのように使われたかをフィードバックするシステムをつくるべきであろう。献血カードについては単に本人確認だけでなく、付加価値を持ったものにすることが望ましい。

つまり、顔写真と血液型を表記して交通事故時に直ちに同型血液を注文できるようにするなどの工夫である。また問診端末は全面的に採用し、過去の問診履歴等をすべて参照できるようにすべきであろう。

遡及調査事件のときに輸血の危険性が誤って伝えられたことの反省にたって、マスコミに対し正しい情報を流すことが必要である。

したがって、今般経営委員会に電通出身委員を加えたことは結構なことだが、さらに医療機関に対するMR活動のように社会に対して学問的情報活動を強めるべきである。

また情報を秘匿する企業防衛的態度はかえって国民の信頼を失わせるものであり、顧問弁護士の進言もひとつの選択肢として絶対視すべきでない。

血液センターを一介の製造業と見る見方は定着しつつあるが、これは誤りである。血液事業は日赤の経営がたちゆかなくなればすぐに止められるものではない。

つまり公共性を持った独占企業である。もちろん外部からの査察は必要であるが、赤十字の持つノウハウと士気をそぐような監督は正しくない。

新血液法も採血を医業だと規定しているのは文言上の問題ではなくて献血者から採血したものを原料とする以上、これは医業であることからのがれられないのである。したがって新たな血液法の枠組みが近い将来必要になると考える。

今後血液センターはそのリソースを移植治療全般にシフトとしていかなければならない。現在も技術協力として末梢血幹細胞移植に協力しているが、今後組織バンクとしての位置づけも持つようになるであろう。

すでに米国ではそれが通常の姿になっている。骨髄バンクでは登録と検査だけにコミットしているが、臍帯血バンクでは保存も行っており、さらにコミットしてはどうか。そのためには現在の研究の構成にも改革が必要であり、移植関連の研究をたち上げていく必要があろう。

人工血液は、救急時の大量使用ができなければならない性質のものであり、その副作用を考慮すると、まだ改善が必要である。また、リポソームHbも人Hb由来ものから、リコンビナントにすべきであろう。

輸血療法のガイドラインと輸血管理については以前の放漫な輸血医療からはやむをえない面もあったが、今後は輸血量よりも輸血の質、つまり適正な製剤使用を啓発すべきであろう。その際血液センターは輸血部と協力して適正使用のアドバイスや副作用対策などにさらに貢献すべきだと考える。

ガイドラインについては米国の輸血学者から主として2点の指摘がある。それは輸血検査を自己施設で行うことの不要性と、自己血を極端に推奨していることへの懸念であった(20)。

自己血は確かに未知の副作用については有用だが、採血時の副作用や輸血時の敗血症の副作用については同種血を上回る点を認識すべきであろう。

10.結語

以上見てきたように、血液事業はかなりsophisticateされてきたが、その理念のいくつかはまだ前近代的であり、新たな時代に適用できる新たなparadigmが必要である。その第一は製造業から医療業への脱皮によって輸血だけでなく、移植医療全般に医療機関と協力して携わっていく道であろう

血液事業は医療であり、法律や規則を守るだけでは成就できない。医療者の心と知識、経験が必要である。なぜなら、献血は献血者の善意というきわめて人間的なものの上に成り立っているからである。この基本に立ち帰って、科学的な血液事業を再構築する必要があると考える。

方法論として、輸血臨床は遡及ではなく将来へ向けてフォローアップすべきである。なぜならそれが患者の福祉に真に貢献する道だからである。輸血のcritical pathは今なお輸血臨床の現場にあり、この点の一層の改善が求められる。

文献
1) 霜山龍志、関口定美:血液事業の現状と将来展望。血液事業21:269-275
1999
2) 関口定美(監修)霜山龍志(著)今日の輸血 北海道大学図書刊行会
1999
3)霜山龍志、関口定美:輸血後肝炎。日本輸血学会雑誌、43:335-342,1997
4)霜山龍志:輸血感染症、日本医事新報、4280-67-72,2006
5)吉原なみ子、霜山龍志。専門医が語るエイズの知識pp 、オーム社、東京、2000
6)霜山龍志:輸血感染症。輸血学理論と展望、霜山龍志編集、北海道大学図書刊行会、札幌、
2000
7)霜山龍志。輸血ハンドブック第二版、霜山龍志編集、医学書院、東京、2003
8)霜山龍志、関口定美:献血時検査で発見されたウイルス陽性者への通知とケア。血液事業22:399-406,1999
9)関口定美、霜山龍志: 血液センターの研究の現状と問題点。血液事業21:265-268,1999

謝辞:本稿の草稿に貴重なご意見をくださった以下の先生方に謝意を表します。
小島健一先生、湯浅晋治先生、渡辺岩雄先生、横山繁樹先生、前田義章先生、松本脩三先生、品田章二先生、土岐博信先生、佐竹正博先生、脇坂明美先生、高橋恒夫先生、東寛先生
(2009.3.20)


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